Artigue (1998)

Artigue, M. (1998). Research in mathematics education through the eyes of mathematicians. In A. Sierpinska & J. Kilpatrick (Eds.) Mathematics Education as a Research Domain: A Search for Identity (pp. 477-489). Dordrecht: Kluwer Academic Publishers.

この論文は大変面白かった.Artigue の論文はいつも非常に明快で読みやすいです.論文では,主にふたつの主題について述べています.前半では,解析の場合を例にフランスにおける数学教育(研究)の歴史.後半では,数学教授学が数学者コミュニティの中でどのようにその立場を確立してきたか,そして現在数学者とどのような関係になっているか,です.

前半に関しては,1900年頃,1950, 60 年代,そしてその後の3つの時期について述べています.1900 年頃に関しては,数学者コミュニティにおいて数学教育が盛んに議論されてきたこと,L'enseignement mathématique という雑誌が 1899 年から発行されたこと,数学者が主に教育課程の作成に従事していたことが主な内容になっています.1950, 60 年代に関しては,現代化のときですが,数学者や心理学者,教育学者が教育課程の作成に関わり,そして失敗に終わったこと.そして,現代化後に関しては,数学者や心理学者,教育学者のもつ知識体系では教育システムの複雑さを理解するのには不十分だと気づき始めたこと,その反動,結果として IREM が作られたこと,数学教授学が生まれたことなどが紹介されています.

後半では,まず数学教授学が数学の一部として数学者にも認められるようになってきた(大学にポストができてきた)と同時に,数学者が数学教授学を評価することが難しくなってきたことに触れられています.最初の頃は,数学者も数学教授学を理解しようとし,理解していたそうですが,数学教授学自体が発展するにつれ,それが難しくなってきたそうです.特に,現代化以降,そして数学教授学の誕生以降,数学者が数学教育の中心から外れて,数学教育の周辺領域を扱うことが多くなってきたそうです.

結論は,数学教授学万歳というものではなく,今後も数学教授学がひとつの「学」としての数学教育研究のアイデンティティを保つために,周辺領域の研究者や教師と協力していく必要があるとしています.実際,数学教授学の知識体系の有効性を示すためにも,数学教育を改善するためにも,これは必須でしょう.

追記:L'enseignement mathématique の論文は,創刊からすべて次の web page で読むことができます.ポアンカレなど有名な数学者の論文もあり面白いです.仏語ですが・・・.http://retro.seals.ch/digbib/fr/vollist?UID=ensmat-001

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