Brousseau (2005)

Brousseau, G. (2005). The Study of the Didactical Conditions of School Learning in Mathematics. in M.H.G. Hoffmann, J. Lenhard and F. Seeger (eds.) Activity and Sign - Grounding Mathematics Education (pp. 159-168). Springer.

ブルソーの論文です.まだ斜め読みしかしてないのですが,重要なポイントがいくつかあったので,そのひとつを書きとめておきます.内容自体は,教授学的状況理論の前提となっていることが述べられています.この理論を理解するために,非常によい論文だと思います.

この備忘録に書き留めておこうと思ったのは,仏語の connaissance と savoir の説明が明快に与えられていたからです.それは,次のように与えられています.前者は,「意思決定や親密な関係を持つという意味で理解するための手段としての知識」.後者は,「C-knowledge [前者の知識] を同定し,まとめ,伝達するための文化的・社会的手段としての知識」だそうです (p. 168).目的と手段によって区分するのはうまいと思いました.これまで「私的な知識」と「公的な知識」という訳もありましたが,この方がピンとくると思います.

あと,これらがラテン語を起源としており,この区分は,仏語のみならず,スペイン語,イタリア語にも存在するそうです(英語にはないですが).

この論文は,またちゃんと読んで,ここに追加します.


追加(2008/1/21):数学教授学,特に教授学的状況理論の原理を principles (pp. 164-165) という形で示しています.これらの原理は,理論に整合性を持たせるための原理だそうです.備忘録として,ここに書き留めておきたいと思います.原理自体は直訳ですので,日本語が変でも勘弁してください.またそれぞれの原理は私の解釈が沢山入っています.悪しからず.

原理1:「数学教授学は,目標とされる知識に固有な教授と学習の条件を研究することに焦点をあてる」

これは,まさに数学教授学の定義です.ここで重要なのは「知識に固有な」というところです.世界各国の数学教育研究を見ると,知識に固有でない要素を細かく研究しているものがあるように思えます.この点,日本はだいぶよいのではないでしょうか(理論化には問題ありですが).ちなみに,この定義は,この論文の他の場所でもしばしば言及されています.「教授と学習」の代わりに単に「知識の広がること(diffusion)」と言われることも多いです.

原理2:「ある知識を行動の中に置くことに通用する条件は,お互いに独立して振る舞うことはない」

これは,教授学的状況理論が前提としている原理です.つまり,教師や子ども,知識を個々に分析するのでは,実際の活動の中での教授と学習の条件を研究するためには十分ではないとするものです.それらを総合的に考慮しなければならないということです.この点は,非常に重要です.これまで「子どもの信念」などと人間の内面を分析しようとした数学教育の研究が多かったと思います.教師に関しても同じです.教師の信念や知識などの研究は多くあるでしょう.そしてそのために心理学的なアプローチを用いてきたと思います.実際,内面を分析するのであれば,心理学の領域でしょう.しかし,この原理は,心理学的な発想では,個々の内面の分析では,不十分だと言っているわけです.そのため,数学教授学では,ここの内面は分析せず,子どもや教師は状況のひとつの構成要素になるのです.物理の自由落下運動の研究をする際に,物体の中身を分析しないのと同じです.

原理3:「支持されている一般モデルは,ゲームの経済的理論のモデルである」

これは,状況の構成要素である,特に子どもが,その環境に応じて合理的にベストを尽くして,経済的に行動しているとするものです.つまり,その環境の中では,常に一番よい,経済的だと思う(無意識かもしれないが)選択をしているということです.このことは,たとえ観察者には不合理に見えるかもしれない行動も,その背後では合理的なメカニズムが存在していることを示唆しているとも言えると思います.例えば,ある状況での行動と別の状況での行動が完全に矛盾するものであっても,子どもがそれぞれの行動を実行する合理的な理由がどこかにあるのです.

原理4:「C は状況 S を最適に解決するものである」

ここで C は「概念 (concept)」です.これは,数学の概念自体が,状況に固有であるとするものです.「数学知識=状況」と捉えていると言ってよいかと思います.さらに数学の概念は,ある状況に解決の方法として現れた状態でしか分析できないと言っています(教授学的状況理論では).

原理5:「これらの状況を色々なふうに組み合わされ,そして分解することができる」

これは,状況というものが,理論的構成物として,大雑把にもそして非常に細かくも捉えることができるとするものです.つまり,分析の granularity の問題において.異なったように捉えることができるというわけです.例えば,教授学的状況や亜教授学的状況と言うカテゴリーで非常に大雑把に状況を捉えることもできれば,action, formulation, validation, institutionalisation, devolution などのそれぞれの状況ように小さな状況として捉えることもできます.

原理6a:「どんな数学概念も,それを特徴づける少なくとも一つの状況をもつ」
原理6b:「どんな状況もその解決を生み出すために不可欠な数学知識の集まりを決定する」

これらは,これまで「認識論的前提 (epistemological hypothesis)」と呼ばれてきた研究の前提となる仮説につながるものです.つまり,どんな数学概念も歴史において生じてきたわけなので,その概念が生じるような状況(特に亜教授学的な)が必ず一つは存在するはずだ,とするものです.そのような状況は「基本状況 (fundamental situation)」と呼ばれます.この論文では,いくつかの種類の状況 (action, formulation, validation, etc.) を集めたものが,この基本状況になると述べられています.

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